【コラム】近年よく目にする過剰?な親切要素について

2019年1月3日

どうも皆さん、あた坊です。
 
今回は、最近のコンシューマゲームでも多く見られるようになった
「親切要素」
についてです。
 
 

画期的なシステムだった?

ゲーム初心者やライトユーザーにとって、新しいゲームをプレイする際に不安なことはなにか。

それは

「ゲームについていけないこと。」

だと思います。
 
これは実際に私が中学生のころ、それまでほとんどプレイしたことがなかったガチガチの洋ゲー(アンチャーテッドやCODなど)に初めて触れた際に感じたことで、ストーリーはまだしも、昨今のゲームで当たり前の操作や仕組みを理解していく段階ではこの不安はありました。
 
しかし、この時代はすでにDSが一世を風靡。
ライトユーザーが新たなジャンルに手を出すということが当たり前になっており、そのために親切なチュートリアルや説明書(今は亡き)がマストとなりました。
 
そしてPS3以降の時代では、ほとんどの大人向けのハイエンドなゲームでも(洋ゲーも)しっかりとチュートリアルが用意され、大抵のゲームでは説明不足で訳もわからず投げ出してしまうことは少なくなったと思います。
 
 
 
「久々に続きから遊んだら、次何をすればいいのか全くわかんないゲームってあったよね」
 
 
 
 

スマホゲー(ソシャゲー)やレベルファイブの台頭

親切なシステム、と言われてすぐに思いつくのが、レベルファイブ製のゲームです。
 
私が当時リアルタイムに遊んでいて顕著に感じたのが「二ノ国」ですね。
常に現在の目標が表示され、絶対に迷うことはありません。
 
イナズマイレブン、ダンボール戦機、そして妖怪ウォッチ。
どれもプレイしましたが、基本同じシステムでとても親切に作られています。

そしてこういったシステムは、徐々に当たり前の機能として認知されるようになっていきました。
 
 
その後、過剰とも思える親切設計が流行った背景には、ソシャゲーの台頭が一番わかりやすいですね。
 
ソシャゲーは、ダウンロードしプレイするのは無料で、いかにわかりやすく間口を広げて、長期的な課金ユーザーになってもらうかが重要です。
なので、絶対にプレイヤーが訳がわからない状況を作ってはいけない。
 
私がソシャゲーを好きになれない大きな理由のひとつがコレです。
皮肉なことに、プレイヤーを放さないための親切過ぎる序盤のチュートリアルの応酬が、私をソシャゲーから遠ざけていくんですよね。
 
 
 
「ちなみにイナイレもダンボール戦機もドはまりした口です。」
 
 
 
 

ポケモンで顕著に

この「過剰な親切要素」というのは、私個人が過剰だと感じているものになります。

これを必要な要素として、全くのゲーム初心者や小さい子供たちにとっては、とても満足できるものかもしれません。

しかし、ポケモンサンムーン(及びUSUM)では、これが顕著でした。
 
これから進むべき道は、しつこいくらい常にほかの仲間が道案内。行く先々で合う人々は基本みんな仲間で知り合い。先がわかりやすすぎて、冒険する楽しみが全くなかった。
 
途中で目指す先がわからなくなり、辞めてしまうことを恐れるあまりこうなってしまうんでしょうが、これでは冒険ではなく、知り合いしかいない安全な町内での初めてのおつかいレベルですよ。
 
初代のポケモンは、ジムの順番等、選択肢がありました。ダイアモンドパールでもありました。
ライバルの妖怪ウォッチを意識するあまり、本家であるポケモンも迷走している感は否めません。
 
普段母親のおさがりのスマホでソシャゲーをやっている子供に対して、初めてのコンシューマという位置づけで作られているんでしょうかね。
古き良きコンシューマならではの冒険が、鳴りを潜めていってしまっている気がします。
 
 
 

オープンワールドではマストなシステム?

例えば近年ゲームの歴史にその名を刻んだ名作オープンワールドRPG「ウィッチャー3 ワイルドハント」なんかでも、細かく次の目標やそこへ向かうための矢印が常に表示されています。

こういった大規模オープンワールドには、この親切要素が必須です。
もしこれがないと、莫大すぎる情報をいちいち確認し、自分で全て考え行動することになるので、莫大な時間を要することになってしまいますからね。
 
 
そしてウィッチャー3が凄いところは、その半分強制された展開も、圧倒的なクエストのボリュームとマップの広さ・細かさ・多様さによって、やらされている感をほぼ感じさせないところなのかと思います。
 
これは、このシステムが無くてはならない大きな理由の一つですよね。
これがあることによって、多くの要素を詰め込むことができるんです。
 
 
逆にゼルダの伝説のようなゲームでこのシステムを過剰に入れてしまうと、自分が持っている選択肢の中で自身で考え、最善の行動を選択していくというゲームの醍醐味をつぶしてしまうことになります。
 
 
ある程度の行き先のマップ表示やヒントは必要ですが、それが行き過ぎると、自分で考えるという行為がなくなってしまいます。
サバイバル要素の強い海外のオープンワールドRPGでは、ここの塩梅が肝になってきますね。
 
 
 

匙加減が大事

こうやって言葉では簡単に言えますが、ジャンルや規模、対象とするユーザーによって全く変わってきます。

 
大事なのは、
 
・プレーヤーがやらされていると感じずに、自分だけの世界を冒険していると感じれること
 
・自分で求めれば、それ相応のヒントがしっかりと与えられ、乱雑に突き放されていると感じないこと
 
ここのバランスが、昨今の面白いといわれるゲームの重要なポイントだと思いますね。
 
自分でわからないことに挑戦していく、冒険していくということは、これからの社会を生きていくうえでも重要なことだと思うんですよね。
なんでもかんでもすぐにスマホで答えを手に入れられてしまう世の中で育っている今の子供は、未知のことに対する耐性がなくなってしまっている気がします。
 
ゲームにはそういった役割も果たしてほしいと思いますね。